隠居エンジニアのものづくり

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Li-Poバッテリーの保護回路について

以下の記事を読んで頂いた事を前提にしていますので、こちらを先に御読みください

 リチウムイオンバッテリーについて - 隠居エンジニアのものづくり (hatenablog.com)

 

実はホビー用Li-Poバッテリーは温度センサが付いていない時点で詰んでいるのです。

充電フローの最初の確認事項が”セル温度が充電温度範囲内にあるか?”です。

セル温度を測定するセンサが付いていなければ安全な充電が担保できません。

 

ラジコンで使用するには軽量化が求めらるので、保護基板をリチウムポリマー電池に搭載せずに充電保護機能を充電器側・放電保護機能をラジコン本体側に持たせたと想像しますが、安全確保の上で重要な温度センサの省略は理解に苦しみます。

バランス端子に1ピン”T端子(温度センサ)”を追加するだけですし、温度センサの重量も問題になるレベルではないはずです。

 

さて、本題に入ります。

前置きした温度センサが無いことでLi-Po用汎用保護回路は存在しません

正確に言えば”ユーザーさんが納得できる製品仕様に設計できない”のです。

この意味から、責任あるメーカーはLi-Po用の保護回路を製造・販売する事はあり得ないと言って良いでしょう。

Web等で調べると”パチモン”が販売されているかもしれませんが・・・

 

Li-Po用汎用保護回路が製品化されない理由について、分かりやすい所を解説します。

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NCR18650PF(Li-Po)の放電・温度特性図

手元にデータシートがあるNCR18650PFの放電・温度特性図に追記しました。

放・充電ルール20-80%に基づいて定格容量2700mAhの残り20%にて過放電防止回路にて放電回路を遮断するものとします。

使用温度範囲は-20℃、 60℃なのですが、図の-10℃、45℃で話を進めます。

45℃(セル温度が45℃です)の時に残り20%で遮断するには3.4Vが閾値になります。

この閾値で-10℃の時はどうでしょうか?

残り50%で遮断されてしまいます。

NCR18650PF専用としての話ですから、汎用型となると市場に流通するLi-Poセルの特性を網羅した分、更に幅が広がります。

汎用保護回路を購入した人が持っているLi-Poとの相性で容量の半分も使用できなかったら”不良品”と判断するでしょう。

つまりLi-Po用汎保護回路は、売り逃げ(サポートしない)する前提でないと製品化できないのです。

 

保護回路の自作は不可能?

2013年1月16日当時最新鋭で脚光を浴びていたボーイング787型機がバッテリー関連の不具合により、高松空港緊急着陸したニュースを覚えていますか?
航空機の”型式証明”取得は大変厳しく設計の詳細について検証されます。

それでも不具合が起きた事を不思議に思いませんでしたか?

PC用のバッテリーリコールは毎年の様にアナウンスされて常態化しています。

スマホのバッテリートラブルもトップメーカが起こしたのでニュースになりました。

何故この様なことが起こるのでしょうか?

Li-Poが危険な理由に常用領域と危険領域が非常に接近している事を挙げました。

Li-Poを使用した製品を設計すること自体が大変なのです。

 

保護回路に要求される電圧検出精度はとてもシビアです。

パナソニック リチウムイオン二次電池アプリケーションマニュアル”過充電・過放電・過電流保護回路”にて以下の記述があります。

■ 保護回路の機能(代表的機能)
各電圧は参考値です。
1. 過充電禁止機能
 1セル電圧が4.30±0.05V以上で充電停止。
 1セル電圧が4.10±0.05V以下で充電停止解除。
2. 過放電禁止機能
 1セル電圧が2.3±0.1V以下で放電停止。
 1セル電圧が3.0±0.1V以上で放電停止解除。
3. 過電流保護機能
 出力端子短絡時放電停止。
 短絡解放により放電停止を解除。

このような仕様を検証・測定する正確度・精密度を有する測定器や基準電源を校正した状態で持っている人はいないと思います。

そして、このシビアな電圧にも温度特性が存在します。

セル温度が測定できない時点で保護回路は成立しないのです。

 

”だったら温度センサを追加すればいいじゃん”と言う人が出てきそうなので釘を刺しておきますが、ラミネートフィルムは熱伝導率が悪いですし、外付用のモールドタイプ温度センサは熱時定数が大きく、セルの温度上昇を素早く検知する必要がある保護回路の要求仕様を満たしません。

バッテリーを改造するのはルール違反ですのでラミネートフィルムを剥がしてセルに直接温度センサをカップリングする事もNGです。

 

ヒューズはLi-Poの保護回路として使えるか?

販売していない、自作できないのでLi-Poの保護回路搭載をルール化することができません。

”無いよりまし”でヒューズと言う流れなのかなと想像します。

しかしながら”無いのも同然”です。

言葉遊びは本意ではありませんので、技術解説致します。

 

前回記事にて保護回路の要求仕様について

”短絡電流や定格を超える過電流を検出し、外部回路を遮断するまでに許される時間は大変短く(専用保護ICの負荷短絡検出遅延時間の一例:280μs)、電子回路による電流保護回路(短絡・過電流保護回路)が前提となる。”

と記載しました。

さすがにヒューズにms以下の速断を要求するのは無理なので、大幅に譲歩して10msで溶断する設計とします。

この条件で”無いよりまし”と言う所でしょうか。

 

ヒューズの選定手順を具体例をあげて説明します。

選定手順1:取扱説明書・銘版などからバッテリーの放電レート(連続定格)を確認する。

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選定手順2:取扱説明書・銘版などからバッテリーの定格容量を確認する。

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選定手順3:放電レート(連続定格)、定格容量より連続定格電流を算出する。
連続定格電流 = 放電レート(連続定格)× 1C
上記バッテリーの例では 定格容量1200mAhですので1Cは1200mAとなり
連続定格電流=30×1200mA =36000mA=36A となります。

 

選定手順4:特性表にて0.01s(10ms)と36Aの交点にある7Aのヒューズを選定します。

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この様にLi-Poの保護回路として”無いよりまし”な条件にてヒューズを使用する場合にはバッテリーの性能に大きな制限が加わります。

 

そもそもヒューズは普段は切れては困るけど、異常時は切れなくては困るものです。
相反する要求をきちんと満たす選定は結構難しいく、決して”お手軽”な部品ではありません。

 

※注:少しでもヒューズ取り付け義務を意味のあるものに改善するアプローチとしての技術解説であって、Li-Poの保護回路はBMS(専用IC)を用いて正しく設計されるべきものです。決してLi-Poの保護回路としてヒューズを用いる事を容認するものではありません。

 

 

出典:

溶断時間・溶断電流特性表 KOA CCF1N データシート

パナソニック リチウムイオン二次電池アプリケーションマニュアル

過充電・過放電・過電流保護回路